千成の返事
キリスト教徒は、言います。
「アーメン」
「唱えて、自分の中の神性を開いていく」
ってね。
「キリストのお陰でわれわれは幸せだ」
ってね。
でもキリスト教徒は言いますよ。
「日蓮正宗は悪魔の教えだ」
って。
日蓮正宗だってキリスト教だってご本尊にあたる
人がいるわけです。
まったく同じです。
それなのにそれを信じていたら互いに
殺し合いをしなければなりません。
ロータスさんは
「キリスト教徒を殺すつもりがない」
と言われるかもしれませんが、相手は
貴方を邪教と見ますから、殺しにきますよ。
貴方だってキリスト教徒は
「邪教を信じている」
と思っておられるでしょう。
とどのつまりは互いにどちらかが倒れるまで
争うでしょう。
互いの考えに相手を邪教と見る「荒」いところが
あるわけです。
この荒い・粗いところが互いに添うので、
「荒・添う」→「争う」と必ずなります。
その争う信者同士の自分のご本尊はみんな
奇跡を見せて、信者を獲得したのです。
そして自分を信じれば極楽浄土・天国に行けると
教えたのです。
そして信者はそれを信じさせられて争うように
なりました。
争いの元になる教えなのに、互いに仏性が開ける
神性が開けると信じ込んでいるのです。
そしてそれをみんなに伝えれば、自分はますます
高い極楽・天国に行けると教えられます。
そうなるとみんなを勧誘しなけばなりません。
>だから、自分だけではなく他人に
>もこの信仰を勧めなさいという自行化他
>の教えなのです。
貴方は「自行化他」というマルチ商法をそれとなく
教え込まれましたね。
大きくなる宗教はみんなこの方式です。
信者が頑張るので
一人が二人、二人が四人とねずみ講式に増えていきます。
ただねずみ講が最後に行き詰まるのは、人間の数に
限りがあるからです。
ねずみ講は最後に破綻します。
宗教の信者同士は、互いの信者をどんどん増やしていくと
ねずみ講と同じように、破綻します。
もうご本尊が見せた奇跡を信じる人が全部自分の宗教の信者に
なってしまったからです。
破綻するのがイヤなら、相手の宗教の信者を自分の宗教の信者に
させねばなりません。
強制的に自分の宗教に改宗させるには戦争しかありません。
キリスト教徒はこれで世界中で戦争をしてきました。
彼らが今までに何十億人の人々を殺したか考えただけでも
恐ろしいことです。
どこの宗教でも、大きくなるところは必ず信者獲得のノルマを
信者におしつけます。
日蓮正宗では、信者獲得をするためにどのようにせよと、貴方に勧めて
いますか?
「自行化他」のやりかたも具体的に指導してくれますか?
多分指導しているでしょう。
日蓮正宗も大きくなっています。
大きくなるところはこの指導がしっかりしています。
もしこうゆう宗教が国の宗教となったら結果は大変なことになります。
なんやかやと難癖をつけて他国を侵略するでしょう。
そして勝てば、その国の宗教に相手の国の国民を改宗させるでしょう。
世界の歴史はこれの繰り返しでした。
でもこの恐ろしいことを行う宗教の根本の教えは
「仏性を開く」
「神性を開く」
なのです。
言うだけなら何とでも言えます。
仏性とは神性とは究極には他宗教の信者を殺すなのです!
「バカを言うな!」
と言いたくなりますよね。
しかし本当にこれはバカ話でしょうか?
宗教から
「最後には相手を殺してでも自分の宗教を広めなければ
ならない」
という教えを無くせば相当世界は平和になるでしょう。
「宗教同士内で信者がどちらの宗教にも自由に移動できる」
というものならこうゆう争いは起こらないはずです。
もし教祖が良心的なら、
「わたしはこうゆう教えを説くが、信者は明日には
他の宗教に移籍するのも自由だ」
「自由に宗教を移籍して宗教間を渡り歩くのが
天国に行く近道だ」
と教えるでしょう。
いままでにそうゆう教祖はいたでしょうか?
いるはずがありません。
宗教は月人が人間に奇跡というトリックを見せて
神性とか仏性とかいう言葉で、人間をだまして
最後には戦争をさせるためのシステムなのです。
このシステムが作動するためには、
「信者は自分の宗教を又ご本尊・教祖を最高」
「他の宗教は邪教」
「たとえ邪教と思わなくても自分の本尊は最高」
と思う必要があるのです。
邪教の輩は(もちろん)殺しても可です。
なぜなら邪教を信じていれば地獄に行くことは必定です。
地獄に行くための教えを広める他宗教の信者は悪魔の手下と
なります。
それなら早めに殺しましょう!
この論理に間違いがありますか?
無いはずです。
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