The Earth is Controlled by Evil Alien

天空編NO466

(天使のつぶやき)



ブライトさんのメールです。


ブライトさんのメール

ブライトです。

千成さんこんばんは。

とても凶器と言えるようなものは持ち合わせていませんが、 お言葉に甘えて、もう少し私の宗教に対する考えを述べさ せていただきます。

ただし、必ずしもこのHPの趣旨とは一致 しないかもしれませんが、その辺はご了承下さい。

熱心な宗教の信者の方は、概ね自分が教えを信じることによって、 死後天国や極楽浄土に行けると考えているようです。

その際、神が自分達信者を選り分けて、引っ張りあげてくれると思っているのではないでしょうか。

例えて言うなら、上司にゴマをすったヒラ社員が、 ようやく係長に出世する構図に似ています。

今までの中日ファンをやめ、上司と同じ巨人ファンになり、 上司の読む雑誌や本には必ず目を通す。

飲んだ席でも、悪口は一切言わず、言うのは褒め言葉のみ。

サラリーマンは月給という確実で有益な見返りがあるので、 それはそれで、立派な経済的行為だと思います。

家族の生活がかかっていれば、 ゴマすりにも力が入ろうというもので、思わず応援したくもなりますが、

これはあくまで人間社会に当てはまることだと思います。

われわれが住む世界というのは、様々な自然の法則に支配されています。

固体は熱を加えれば、液体となり、さらには気体となります。

死後も存続すると言われている霊体に ついても同じような事が言えるのではないかと私は考えています。

つまり、気体のように振動数が高いものほど上へ、 低いものは当然下へ、ということです。

上というのは天国と呼ばれているもので、 下というのは地獄と言われているものですが、要はそ の霊体の持つ性質によって、 自然と死後の行き先も分かれるのではないかということです。

宗教の教義を信じ、教祖を崇拝したところで、それだけでは肝心の振動数にさ ほど変化があるとは考えられません。

目の前にあるやかんに入った水を、水蒸気だと 思いこんでも、水が沸騰するはずはないからです。

コンロに火を付けなければ水は沸騰 しないのが道理で、本当に自分を向上させたいと思うのであれば、 このことをこそ問題にしなければならないのではないかと思います。

水を水蒸気にする方法はいろいろ あるとは思いますが、 仮に教によって自己の霊性を向上させようとするのであれ ば、水を熱するのに、七輪でも電気ポットでも、 電気コンロでも、要は水が沸騰すれ ばいいわけですから、別に宗教が違おうが、 本当に正しい教えならば、宗教同士が争う理 由などは、本来存在しないわけです。

互いに良い方法を教え合い互いに手を取って高みを 目指せば、より早くより確実に山頂に到着するのではないでしょうか。

これが日月神示でいう

「神から出た教えなら、他の教えとも協力して共に進まねばならん」

「教派や教義に囚われるは邪の教」

「豚に真珠となるなよ」

の真意であると私は考えています。

しかし、昨今の日本の社会の現状を見ると、 集金や組織維持、信者拡大のために、 美辞麗句を並べて一見それらしいことを説教し、 教団役員の行いは棚にあげて、信者 から金銭を吸い取っている宗教(特に新興宗教)が、 いかに多いことでしょう。

教団同士が勢力拡大に奔走し、 教祖がそれを叱咤激励するありさまです。

こんなところが、本当に、自己の霊性を向上させる方法を 教えられるはずもありません。

このことを日月神示で言えば

「何処の教会も元は良いのであるが、 取次役員がわやにしているのぞ」

「今の様は何事ぞ」

また、そういった宗教に囚われている人に対しては

「そなたは一度神を捨てよ」

「神にしがみついているから小さい囚われた、ゆとりのな い神をそなたが作り上げているぞ」

「信ずれば信ずる程危ないぞ」

「大空に向かって大きく呼吸し 、今までの神をすてて心の洗濯をせよ」

「神を信じつつ迷信に落ちていると申してある ことよく心得よ」

と言っています。

私は法事や冠婚葬祭等での宗教儀礼について、 とやかく言うつもりはないです。

自分が当事者となれば、ケースに応じて、 しかるべく粗相のないよう振る舞うでしょう。

日本の現代社会の慣習として定着したものは、 それはそれで役割というものがあり、否 定するべきではないと思うからです。

お寺の檀家とか神社の氏子であるとか、そうい うものについては、とやかくいいませんし、

私も地元を守っているであろう鎮守の神様 にお参りくらいはいきます。

それは、仮にその神様に霊的に、 その地域全体が守られているとしたら、 誰も御礼をしないのは大変な失礼ではないかと思うからです。

また、霊性の向上などどうでもいいから、 何かを信仰して心の支えにしたいと言う人は とりあえずは、神様より自分の御先祖を先に拝みなさいということです。

自分が今ここに存在するのは先祖のおかげなのですから、 感謝するということは当然な訳で、大昔に 死んだ教祖やちょっとあやしい神様等を拝むより、 よっぽど理にかなっています。

自分の宗教を批判されて侮辱云々言う前に、 教祖や神様を拝むような真摯な姿勢で、自分の 先祖を拝んでみなさいということです。

そうすれば、別に信仰をするのに、特別な宗教は 必要ないということがわかるでしょう。

「そなたは先祖に対する考え方が間違っているぞ」

「先祖はそなたではないか」

「地下にあるそなたの根が先祖でないか」

「根のない草木はすぐ枯れる道理じゃ」

「先祖は家を継いだ兄が祀っているから、 分家した自分は先祖はまつらいでもよいのじゃと申して御 座るなれど。よく考えて下されよ」

「根から芽が出て、幹となり枝が栄えているのと同様ぞ」

「枝には根いらんと申すのと同じような間違いであるぞ」

「分家しても先祖祀らねばならん」

「先祖おろそかにするでないと気付けておるでないか」

先祖を祀るといっても、 そう幾つも仏壇をこしらえるわけにはいかないので、例え ば、自分の食べる食事から2分を先祖に捧げ、 自分は残り8分で我慢するというよう なことでもいいわけです。

そのような些細なことでも、霊的には大きな意味があると 思います。

どこの馬の骨とも知らぬ教祖をただ拝むより、 自分の先祖を拝んだ方がよっぽど御利益があるという もので、人の道としても、極めてまっとうなものです。

それもろくにできないで、やれ○○先生 だとか、教祖云々だとかははっきり言って笑止千万と言わざるを得ません。

先祖に恥じない生き方を日々心がけるだけでも、

いざ鎌倉という時に、心の落ち着きようが違いますし、 別に神さまが悪魔だったとしても、 見苦しい程の動揺もしないでしょう。

不愉快に思われる人もいるかと思いますが、 既存の宗教に囚われている人は、もう一 度基本的な部分を改めて見直してみることをお勧めします。

「死んでからの改心なかなかぞ」

と言うように、生きている間しか学べないこともあ るようです。

生きていることは、せっかくのチャンスでもあるわけですから、 チャンスを生かして自分を磨かれることを祈るばかり です。


千成の返事

ブライトさん、感心しました。

さすがですね!

迫力がありました。

こうゆうことはブライトさんしか書けないでしょう。

とても良かったです。

ただ、ほっくんやモモさんは霊の存在を認めないとのことです。

お二人には多分このブライトさんのせっかく書いてくださった ことが通じないと思います。

なんとかお二人に通じるようなものをお願いいたします。

また、続きをお願いいたします。


太陽の返事

私は今回の宗教に関する皆さんの意見や反応についてうれしく 思っています。

それは救助されたとき、

「元何々宗教の門徒だった」

と云うか方たちも多くいると思います。

預言の教えるところによれば、私は別行動になり皆さんと 一緒できないようですので、質問にもお答えできません。

ここで、皆さんが再度宗教について考察しておいていただきたいのです。

そうすれば、それらの方たちの取り扱いで問題も少なくなると思います。

もし、預言されたでき事がおこったら、

「皆さん!」

「後はよろしくね!」

というところでしょうか(^^)


2002年11月18日追記

太陽の返事

ブライトさん! 

「ひふみ神示」をよく研究されていますね。

「祖先を敬うの考え」の記述は私も同感です。(^^) 私の場合は可能な限りの墓掃除と、 悩みの相談でしたが、墓は何も答えてくれな いのがつらいですね!

「ひふみ神示」の研究の成果をどしどし千成さんに送ってください。

「ひふみ神示」の内容に同感するものも多く、 ブライトさんがまとめになるのなら、 特に修正をお願いするようなことも無いようです。

今、「ひふみ神示」を背後で書かせた存在について考えています。

ブライトさんが情報をお持ちでしたら教えてください。

無ければ、気がついた時でもよいです。

 
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